東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6001号 判決 1966年9月22日
理由
一、証拠によると、原告は訴外会社から別紙第一目録記載の約束手形三通の振出、交付を受け(ただし、(二)の手形の振出日は昭和三七年四月三日)右手形を所持し(ただし右手形三通は、その後一度は原告から他に裏書譲渡されたが、いずれも再び原告がその被裏書人から返還を受けた)、合計金一、八一二、〇〇二円の手形債権を有している事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
二、証拠を綜合すると、訴外会社は、昭和三七年三月中旬頃被告新井惣一郎から金三、〇〇〇、〇〇〇円を借受けていたところ、同年六月二二日過頃同被告に対し、別紙第二目録記載の約束手形八通(額面合計金一、八一二、〇〇二円)のほか一一通の約束手形(右一九通の額面合計金三、〇二二、三〇八円)の手形債権を同被告に対する前記借受金債務弁済のため裏書譲渡し、右手形債権は支払期日に振出人によつて弁済されたことが認められ、被告新井ちよし本人尋問の結果中、右認定と抵触する部分は容易に信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。
なお原告は、右約束手形一九通はその後さらに被告新井ちよしに裏書譲渡された旨主張するけれども、右主張事実を認めることのできる証拠はない(したがつて、同被告に対する原告の本訴請求は、前提を欠き失当であるから棄却すべきである)。
次に、証人藤枝保太郎の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証、証人藤井敏明、同山岸明、同新島ちよ、同藤枝保太郎の各証言、弁論の全趣旨を綜合すると、訴外会社は昭和三七年六月三〇日手形不渡りを出して倒産したものであるが、その当時の負債はその資産より少くとも金二〇、〇〇〇、〇〇〇円近くも超過し、全くその債務を完済する資力がない状態になつていたもので、しかもこの状態は少くとも同月二二日頃から継続していたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。したがつて、前記約束手形債権(一九通)の被告新井惣一郎に対する裏書譲渡は原告ら債権者を害する行為というべきであり、このことは、右裏書譲渡が訴外会社において同被告に対する債務弁済のためなされたからといつてその結論を左右されるものではない(最高判昭和二九・四・二、民集八、四、七四五参照)。そして、訴外会社が前記認定のような資産状態において前記約束手形一九通の裏書譲渡をしたことは、特段の事情がない限り他の債権者の害することを知りながらかかる行為に出たものと認めるべきことはもちろんであり、右認定を覆す証拠はない。
三、被告新井惣一郎は、前記裏書譲渡が債権者を害する行為となるとしても、同被告において右裏書譲渡が債権者を害することを知らなかつた旨主張するが、《証拠》を綜合して認められる諸般の事情、ことに前記第二目録記載の手形を含む一九通の手形債権の裏書譲渡が訴外会社の倒産の時期にきわめて近接したときになされ、当時訴外会社は著しく債務超過の状態にあり、ほとんど再建が不可能とみられる事態で、現に訴外会社の実権を握つていた専務取締役新島秀雄(代表者新島ちよの養子)が右裏書譲渡の後間もなく他所に行方をくらましてしまつたこと、訴外会社の被告新井惣一郎に対する前記借受金につき、同被告から右裏書譲渡当時まで格別返済の催促を受けていなかつたのに、訴外会社は特別の理由もなく右借受金債務弁済のため、債務履行の本旨に従つたものとはいえず、またその義務にも属しない手形の裏書譲渡の方法をとつたこと、訴外会社は右裏書譲渡を、訴外会社の帳簿上は、訴外松川浩の承諾も得ないで同人に裏書譲渡したように仮装し、倒産後債権者達に対しても、しばらくは松川浩に裏書譲渡したように言明していたが、債権者達に追及されて遂に真相をあきらかにしたこと、被告新井惣一郎は訴外会社の専務取締役新島秀雄の実兄で、同人の母であり訴外会社の代表者である新島ちよとも直接親類関係にあり、少くとも前記裏書譲渡を受けた当時は訴外会社の内情についても相当の知識があつたものと思われること、などと照合すると容易に信用できないし、かえつて、前記のような事情から考えると、被告新井惣一郎は、他の債権者を害することを十分知りながら、訴外会社と通謀して前記裏書譲渡を受けたものと認めるのが相当である。
四、訴外会社倒産後、訴外会社の代表者である訴外新島ちよが、訴外会社のため同人の個人資産より金一、八〇〇、〇〇〇円をその債権者に代位弁済したことは当事者間に争いがなく、被告らは、右代位弁済をした際、原告ら債権者は前記裏書譲渡による借受金債務の弁済について今後被告らに対する何らの請求もしない旨約した、と主張する。しかし、証人山岸明、同新島ちよの証言中、右主張に符合する部分は、証人藤枝保太郎、同山岸是夫の証言と照合すると容易に信用できないし、他に前記主張を認めることのできる何らの証拠もなく、かえつて、証人藤枝保太郎、同山岸是夫、同黒川孝の証言によると、被告ら主張のような約定がなかつたことがあきらかである。
五、そうすると、原告の請求は、被告惣一郎に対し、前記裏書譲渡のうち、その手形額面合計が原告の債権額金一、八一二、〇〇二円と同額である別紙第二目録記載の約束手形債権を被告新井惣一郎に対して裏書譲渡した行為を取消すこと、右手形債権返還に代る損害賠償として右手形金額である合計金一、八一二、〇〇二円および、これに対する本件訴状が同被告に送還された日の翌日であること記録上明白な昭和三九年七月八日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度では、正当として認容すべきであるが、被告新井ちよしに対する請求は、失当として棄却すべきである。